ただの日記

なに、そんなこともあるさ。

またしても自殺の話です。

2006/11/24 Fri [Edit]

 今日文部科学省から学校を通して手紙が届きました。
 内容は、自殺は止めましょう、虐めは止めましょうとお願い。
 学校では流石にできませんでしたけど家に帰ったら丸めて捨てて起きました。
 本当にくだらない。全くもってくだらない。あほらしいとそう僕は思うのです。所詮虐めの辛さなんて虐められた人間しか分かりませんし、また虐める側の気持ちも虐めている人間にしか分かりません。そんなことを部外者、大人が上から言ってもしょうがないのです。せめて同じステージに立ってもらうとかしなければ決してわかりっこないのです。ただそんなことできませんし、それ故に分かることができません。つまり虐めはあくまで当事者の問題なのです。外部からは何もできませんし。自殺やらなんやらも本人の責任です。止めるのは自由にすればいいですけど、とめる必要はない、そう思うのです。死にたければ死ねばいい。別に虐めを肯定するつもりはありませんが、部外者がちょっかいを出す問題ではないでしょう。考えるべきではあると思いますが。
 それに自殺してしまったからといってその責任を教育委員会だとか学校の責任になる理由が分かりません。いじめも自殺も本人たちが考え行っていること。当然其処にある責任とは当事者たちにあるものです。なのに、それを大人たちに押し付けるというのはおかしいなと思うのですよ。
 とまあ、なんかひどいことを言っているようにも聞こえますが、こんなものです、僕の性格というか頭の中は。黒いです。真っ黒です。深いです。案外浅いかもしれません。こんなものです。
 つーことでこの辺で。
 ではでは。
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それは違うよ

少なくとも未成年で、しかも学生であるうちは、いる場所に従属している大人が「保護者」と呼ばれているのだから、その大人が保護する立場にあるわけですよ。

それは学校なら先生だし、家なら親とか成人の家族だし、泊まりに行く友達の家なら友達の家の保護者。

よくうちの親とか私が、親がいないのに勝手に友達を泊まらせるなというのは、つまりは保護責任者がいないから泊まらせるなということです。

保護者には法律で未成年を保護する義務が定められています。
理由はどうであれ、未成年による自殺が起こってしまったのなら、家なら家、学校なら学校に責任があるわけです。

殺したのではなく、どうして守れなかったんだと怒られるわけです。

責任という言葉はそれ本体では意味を持たないものだと思いませんか?
何に対する責任なのかを理解しないと、何事にもうまく対応できません。

だから、未成年はそこのところを理解して動かなくてはなりません。

保護者にとっては被保護者(保護下にある未成年)が自殺するのも、犯罪を起こしても責任を問われるし(最近は年齢によってはその度合いも変わりますが)、それだけやっかいなものといえるかもしれませんね。

でも、だから私たち未成年は静かに暮らせるんだということを、今の未成年は学ぶべきかもしれないね。

御見それいたしました

返事遅れました。

 この前、友達と学校帰りにそんな話をしました。最初は「学校の敷地内で怪我をすると補償金だかなんだかがでる」なんていう話をしまして、そこからそんな話になったのですが、その時はなしていた内容が『おねえちゃん』の言っているのとほぼ同じ内容だったのですよ。そこで、そうだね、などと納得してしまった手前、反論ができないのです。
 なので、どうか勘弁してください。ちょっと無理臭いです、これ以上は。

 
 
 
 
 
 
 
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